2011年12月30日

12・21二・一七傍聴弾圧控訴審判決公判闘争へ

階級闘争撲滅のための司法改悪=ファシズム的転換を粉砕しよう
−「前手続」攻撃への反撃・抵抗封じを宣言する検察側答弁書を批判する

 十二月二十一日、〇九年二・一七傍聴弾圧控訴審判決をむかえようとしている。
 この弾圧は、直接には、組対法弾圧裁判への怒りの決起に恐怖した国家権力の報復弾圧であり、権力そのものに手をかけることへの徹底した憎悪と恐怖をあからさまにしたでっちあげ弾圧である。恐慌下、労働者人民の生きるための闘いが、国家権力の解体と資本制生産(私的所有)の廃絶・止揚につき進む闘いの質と衝動をはらんでいることを見て取った国家権力は、必死で闘いを鎮圧しようとしてきた。国家権力は革命党の闘いと労働者人民の闘いが合流することを心底恐怖している。二・一七傍聴弾圧は、まさにそれを垣間見たがゆえの報復弾圧であった。そして労働者人民の反逆−闘いの鎮圧攻撃は、逮捕−勾留−裁判−投獄までふくめたものである。
 二・一七弾圧は、裁判に「公判前整理手続」(以下「前手続」)が適用された弾圧である。これは決して偶然ではない。国家権力が数年の歳月をかけ、階級闘争撲滅のための司法改悪=ファシズム的転換を計画してきたことの実践過程として、革命党の闘いと労働者人民の闘いとを一つに鎮圧するモデルケースとして、組対法弾圧裁判傍聴の闘いを裁判所の告訴をもって裁判にもちこみ、裁判闘争の徹底した封じこめをも狙って選んだのである。この端緒における闘いをわれわれは敵からの宣戦布告とみなし誇りをもって闘いぬいてきた。
 本来すべての「刑事事件」と呼ばれるものは、階級支配の矛盾の爆発の一形態であり、資本制生産様式とそのもとでの支配・隷属への反抗・抵抗・叛乱をなんらかの形で表現している。したがってブルジョア法は、私的所有の防衛とこれへの反逆からの防衛、つまり階級支配の維持・延命を本質的に成立要因としている。
 本紙十一月十五日付第九九三号で明らかにしたように、検察側は答弁書に大量の添付資料(補充書資料もふくめ)を提出してきた。それは官僚統治機構内部で階級闘争圧殺を共通利害とした数年にわたる「前手続」をめぐる議論として、端的には司法をとおした階級闘争の圧殺として、司法のファシズム的転換をいかに進めていくのかの権力内議論の総括でもある。敵の攻撃をうち破っていくために、そして不屈に闘おうとする労働者人民とともにこの攻撃性格をどうとらえ反撃していくべきかを考えていくために、敵の添付資料の分析・批判を本号でおこなっていきたい。
 そして、二・一七傍聴弾圧控訴審判決にともに決起されることを訴える。

被告側が「前手続」そのものを拒否した事実を抹殺

 検察側答弁書は、(二・一七弾圧に)「前手続」を適用したとしても、それは”被告人の黙秘権の侵害でもなく、被告人の主張もなんら制限されておらず、憲法上、法律上の権利は何ら害していない”、したがって「本件控訴は速やかに棄却されるべき」という主張のみである。問題はこれに添付された資料である。
 添付資料は、次の六点である。
資料1として、二〇一一年三月十八日付の「前手続」に付された傷害致死・死体遺棄事件の東京高裁判決文。
 資料2として、「考えられる刑事裁判の充実・迅速化のための方策の概要について」 (裁判員制度・刑事検討会 座長 井上正仁)と題する〇三年十一月十一日付報告書。
 資料3として、資料2と同タイトルの〇三年十月二十八日付報告書。
 資料4として、〇三年十二月十日付「裁判員制度・刑事検討会(第三〇回)議事概要」。
 資料5として、〇三年十二月十日付「裁判員制度・刑事検討会(第三〇回)議事録」。
 資料6として、『法曹時報』第57巻第8号所収の「刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成十六年法律第62号)について(2)」、と題する辻裕教(法務省刑事局参事官・前司法制度改革推進本部事務局参事官)論文の抜粋。
 これらの資料は、「前手続」への反対行動や裁判上での反論を想定し、これを封じこめるために、数年にわたる官僚統治機構内部でおこなってきた議論の一端である。直接は裁判長に「前手続」絶対粉砕をかかげ闘う同志たちの闘いを封じこめるための法的根拠を示し、控訴棄却−「前手続」賛美の判決文をかかせるための資料提供という位置づけである。
 ではそれぞれの資料はどういう内容か。
 資料1は、「前手続」が、@起訴状一本主義を無意味なものにし被告人の「公平な裁判所」の裁判を受ける権利を保障した憲法三七条一項に違反するA黙秘権を保障した憲法三八条一項、および弁護人依頼を保障した憲法三七条に違反するB初公判まで一年二ヵ月の期間を要し「前手続」が長期化したことで迅速に裁判を受ける権利を保障した憲法三七条一項に違反する−とした訴えに対して、判決はこれを退けている資料である。この事案は、直接は裁判員裁判の違憲性(三二条、三七条一項、七六条三項)を指摘したものであるが、その中でも「前手続」におけるさまざまな諸矛盾を指弾していることを二・一七弾圧における被告・弁護側の主張との類似性に強引に結びつけ、「被告・弁護人らの主張には何ら正当性がない」と言うための資料である。
 つまり二・一七弾庄で被告・弁護人が主張していることは、ブルジョア法的に言えば「訴訟手続の法令違反」と「事実誤認」「公訴権濫用」であり、この主張はすでに別の裁判でケリがついている、と言いたいのだ。
 しかし検察側が転用した別の事案の判例と根本的に異なるのは、二・一七弾圧被告らが「前手続」そのものに反対し、裁判そのものを拒否したということであり、この点を完全に抹殺するために別事案の判決を添付資料としているのである。被告も労働者人民も、二・一七弾圧はでっちあげであり政治弾圧だと言っているのであり、決して「事実誤認」ではない。「前手続」そのものが、労働者人民を処刑台と強制労働に送るためのベルトコンベアであり密室・即決を一つの本質とした弾圧手法であるとして、裁判そのものを拒否しているのであり、「法令違反」だから反対しているわけではない。

立証責任転換と被告側証人つぶしの「公判前倒し」論

 資料2〜5は、裁判員制度・刑事検討会の議事録や関係資料である。ここではおよそこれまでの公判闘争であこなわれてきたさまざまな手段を封じこめるための施策が検討されている。資料は、二〇〇三年における裁判員制度・刑事検討部会」での議論のまとめであるが、権力内部でどのような議論を経て、「前手続」(や「裁判員制度」)が登場してきたかを見ることは、「前手続」の攻撃性格をより的確に把握するうえでも必要なことである。
 その一つが、被告人側による主張明示義務や証拠調べをめぐって、裁判で何を主張するのか、「前手続」であらかじめ明らかにしないことは公判においては証拠調べ請求できないという攻撃である(刑訴法三一六条三二項)。
 この議論のなかで、「被告人が…被告人質問において新たな主張をし始めたときに、その発言を禁止して主張をやめさせるのは適当でない」としている。しかしこれは決して被瞥め言い分を認めるということではない。被告人の主根制限はしないが、弁護人までが新たな争点主張としてとりあげたり、それにともなう証拠調べ請求まですることは制限する、ということである。つまり、被告人が公判になって違うことを言おうが勝手に言いたいだけ言わせておけ、別に裁判所があらたに判断する必要はない、あくまで”被告の主張は聞いた”というアリバイ作りだけはしておく、ということだ。実際には「やむを得ない事由によって請求することができなかった場合を除き、準備手続終了後に新たな証拠の取り調べ請求することはできない」として、「実質審理」をおこなわせないのである。
 つまり「前手続」で争点整理に応じなかったら、被告側の実質的立証はさせないということである。被告が裁判で主張(立証)したいことがあるなら、あらかじめ手の内をさらせというのである。
 資料では、「公判で明らかにしようとする主張」「証明予定事実」を「前倒ししているにすぎない」ことが強調されている。しかしこれは被告側にとって単なる「前倒し」ではない。
 まずこれまでたびたび問題にされてきたことであるが、アリバイ証人など被告側にとって有利な証人がいたとしても、あらかじめ明らかにすることで目撃証人は権力によって潰されてしまう。「前手続」はこれを決定的に強化するものなのだ。これまで被告側が法廷戦術として、アリバイ証人を決定打として反証過程で出してきたことなどを許さないという攻撃である。資料中では、「訴訟戦術として反対尋問で弾劾できれば(アリバイの)証人申請せず、弾劾できなければ証人申請する」ことは許されないという議論がなさわている。これは「刑事事件」において決定的な意味を持つ。
 そもそも、「刑事事件」において、被告はなぜ逮捕されたのか分らない場合が多い。公安事件においてもそうである。日本では、捜査権を持つのは、警察・検察である。同じことを労働者人民がおこなえば「拉致・監禁・暴行・虐待・脅迫・強盗・窃盗・盗撮・不法侵入」罪である。警察・検察は、長きにわたりでっちあげのために集積した捜査資料の中から恣意的に撰び出した「証拠」で、「事件をつくる」のである。しかも検察は被告に有利な証拠を隠滅したり、改ざんしたり、証人についても威圧して証言を変えさせたりしてきた。したがって、あらかじめ「証明予定事実」を明らかにしなければならないのは検察・警察側のみである。だがしかし、ここでは弁護側に先出しさせることで、被告側の反撃を封じ、司法権力・捜査当局への闘いをあらかじめ潰すということが言われているのである。
これまでの裁判は、用意周到に準備した検察に対して、立証過程での矛盾を突きながら、被告側は一つひとつ事実を光の下に照らし、「事件」(=弾圧)の実態を明らかにしていくことで反証してきた。「冤罪」・でっちあげの暴露は、こうした過程を経て、やっとここから開始できるのである。でっちあげられた当事者からすれば、裁判上で「反証」することは、気の遠くなるような過程と「証人探し」が求められてきたのである。「重大事案」や被告が「でっちあげ」「冤罪」を主張する「事案」の裁判−審理に時間がかかるのはあまりにも当然のことである。
 したがって、ここで司法権力が言う「前倒し」とは、被告側にもあたかも立証責任があるかのように転化していく構造をつくったうえで、それに抵抗すれば公判での反証の機会を奪うということなのだ。そして裁判闘争として、司法権力、捜査当局の法を使った労働者人民への支配・抑圧の構造を暴露・弾劾していくことを絶対に許さないものとして「前倒し」が言われているのである。
この本質を覆い隠す目的もふくめて、但し書きとして、「裁判所が職権で証拠調べをすることはできるとしている」という一文を追加した。これは裁判長権限の強化を意味する。

黙秘つぶしの「前倒し」論

 二つ目に、黙秘の闘いヘの攻撃である。
 権力は当然、徹底非妥協で闘う労働者人民の完黙−非転向闘争を想定して対処策を練っている。
 添付資料では、「公判前倒し」論を「供述拒否権との関係」として論述している。あらかじめ「『前手続』は黙秘権の侵害だ」という当然の批判をかわすために腐心している箇所だ。
 「『前手続』は公判において予定主張がある場合に限って、その予定している主張を、時期を前倒しして明らかにするよう義務づけているだけにすぎない」「被告人に不利なことを自認することを義務づけるものではない」「公期日においてその主張をするかどうかも被告人自らの判断によるものであって当該主張をすること自体を強要するものではない」「被告人が公判期日において黙秘する予定である場合にまで何らかの主張を義務づけているわけではなく、公判前整理手続において黙秘ずることも許される」と、自分たちは黙秘権を認めているんだということを強調している。ここで重要なのは検察側に立証義務がある以上、検察側立証後に被告側が最終的に黙秘するか、全面的積極立証をするか、一部黙秘し積極立証を一部たてるか、つまりどこで何を争うかを(公判上も黙秘を貫くか否かもふくめて)一切を決める権限が被告側にあるのだ、ということを圧殺することに頬かむりしていることである。二・一七一審公判で裁判長林はこの点に関して「黙秘権よりも広く検察側の立証を待った上で反証を行う利益や、自己の主張や立証方法を明らかにする利益があると考えたとしても……拡充された証拠開示制度下……(この)利益を保護する必要性に乏しい」といってのけた。「証拠開示の拡充」というデマをもって事実をネジ曲げ、従来の黙秘権の範囲にもかかわらず「黙秘権の範囲外」という論法をもって切り捨て、返す刀で双方立証論になっていることに居直つている。
 続けてこう言う。「『前手続』終了後…新たな証拠調べ請求を無制限にできるとすると『前手続』における争点整理、証拠整理の実効性が著しく損なわれ…反証準備のために公判審理を中断せざるを得なくなり、策定した計画に従った審理の実現が困難になる。…だからやむを得ない事由によって…請求することができなかったものを除き、当該手続の終了後には、証拠調べを請求できない」としている(刑訴法第三一六条の三二)。つまり黙秘するのは勝手だが、黙秘すれば、あとから証拠調べを要求しても無理だよ、と言うのである。
 わが二・一七被弾圧同志たちの控訴審での訴えを、裁判長服部悟が二審でやろうと思えばやれたのにやらなかった」「証拠調べの必要はない」と主張するのは、この部分に依拠してのことである。これで「黙秘権を侵害していない」というのである。
 黙秘権の制限は、権力内で検討されているファシズム的改編攻撃の重要な柱のひとつである。英帝足下で、一九七二年から検討が開始され「一九九四年刑事司法及び公共の秩序法」で取り入れられた黙秘権の制限を、日帝自身が対象化し、完黙潰し−転向攻撃の手段とすることを検討している。『朝日新聞』紙上で、元警察庁刑事局長岡田薫はこれについて、「黙秘権の告知義務を廃止し、その上で黙秘権を行使すると裁判で被疑者に不利な心評となることを告知すべき」と紹介し、日本においてもそのようにすべきだと主張しているのだ(〇九年十一月五日付朝刊)。この岡田こそ、いま新たに取り調べの可視化とひきかえに、おとり捜査や司法取引など「新たな捜査手法の導入」をもくろむ警察庁の「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」で黙秘制限法導入を推進する中軸メンバーなのである。
 二・一七弾圧の取り調べ過程で、多くの同志が、取調官から「黙秘していたら不利になるよ」「黙秘されてもこちらは痛くも痒くもない、不利益をうけるのはお前らだ」と吐き捨てたことは、権力内部で「黙秘権の制限」は既成事実として進行させようとする衝動のあらわれである。それだけ権力は完黙−非転向闘争への敗北感を募らせ、これをたたきつぶしたいという動きが活性化しているのである。
 誤解のないように付言しておけば、われわれは黙秘権があるから完黙−非転向闘争を闘うのではない。完黙−非転向闘争とは、権力との非和解性の貫きかたであり、労働者人民が誰でもでき、かつ権力に痛打を与えることのできる”闘いの武器”である。したがって技術的−法廷戦術として、「黙秘権の行使」を立てるのでは決してない。しかしここで問題なのは、憲法上認められた「黙秘権」が敵にとってより垤桔となってきているということである。その意味で、敵の「黙秘権侵害」攻撃は粉砕していかねばならない。そしてここは司法改悪攻撃の中心環でもある。

即決への道−「上訴させない」三審制解体攻撃

 三つに上訴制限攻撃である。
 これは控訴審の第一回公判で、被告人が裁判長を追及した一つでもあるが、これまでプルジョア司法がかかげてきた三審制の実質的な解体でもある。
 資料の中では、直接は、即決裁判とひとつのものとして上訴制限を議論している。上訴制限を「制度の中では作っておくべき」として、「最初から自白している事件で、事案が明白で、しかも証拠の範囲から見ても妥当なものについて、簡易迅速な手続きを設けて」いる。そして「後になって、あそこが違った、ここが違ったというようなことを許すような制度にしておくと、この制度そのものがうまく動かない」と言っている。
 先に、即決裁判について触れておけば、〇四年刑訴法改悪で盛りこまれ、〇六年十月二日から施行されている制度である。現行法では、「死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁鋼にあたる事件を除く」「事案が明白、かつ、軽微」で「証拠調べが速やかに終わると見込まれる」事案で、「被疑者の同意を条件として、起訴と同時に、書面により即決裁判手続の申し立てができる」(刑訴法第三五〇条の二)とされている。刑事裁判の冒頭手続きにおいても、「被告人が起訴状に記載された訴因について自ら有罪である旨の陳述をしたとき」「裁判所が即決裁判手続を開始する決定をする」(同第三五〇条の八)とされている。判決は即日に直い渡され(同第三五〇条の二二)、上訴については、量刑を理由とする上訴しかできず、事実誤認を理由とする上訴は不可能とされている。
 現状では、即決裁判判決に執行猶予が付くことが定められているが、やがては実刑をふくめた判決へと進む内容を有している。抵抗の少ないところから導入するというのは権力の常套手段であり適用の拡大は明らかである。また法改悪当初は「被害者のいない自己使用目的の薬物犯罪」について適用するとされていたものが、現状では傷害事件や詐欺事件など被害者が存在する事案にも拡大されている。
 二・一七弾圧は、即決裁判でもなく、いわゆる「上訴制限」がかかっているわけではないが、被告や闘う労働者人民が”「前手続」は即決裁判の道だ”と暴露・弾劾してきたことに、敵なりにその法的正当性を主張してきたというのが、今回の添付資料に「上訴制限」や「即決裁判」の資料を挿入した意味である。そしてより直接的には、被告たちが”「前手続」の導入によって「密室裁判」が強行され公安・裁判所一体となった裁判が強行された””控訴審で事実調べをおこなえ”としてきたことに対し、裁判長への処方箋として準備された資料が、今回の添付資料である。
 どういうことかと言えば、「前手続」に付された裁判では、控訴審で新たな証拠調べを原則しないという攻撃である。条文上は次のように記されている。
 刑訴法三一六条の三二は「整理手続終了後の証拠調べ請求の制限」をしている。そのうえで、三八二条の二の一で、「弁論終結後の事情」について、「やむを得ない事由によって第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかった証拠」については、証拠請求はできるが、そうでない場合は証拠請求、取調請求することはできないという。
 だから二・一七弾圧の控訴審では、法令上の「やむ得ない事由」にあたらないとして、証拠調べの必要はない、控訴審での「実質審理」は必要ない、と宣言してきたのである。

司法制度への闘いをたたきつぶす宣言

 ここでいう「やむ得ない事由」とは、@証拠は存在していたが、これを知らなかったことがやむを得なかったといえる場合A証人の所在不明等の理由により証拠調べ請求ができなかった場合など、証拠の存在は知っていたが、物理的にその取調べ請求が不可能であった場合B証拠の存在は知っており、証拠調べ請求も可能であったが、公判前整理手続又は期日間整理手続における相手方の主張や証拠関係などから、証拠調べ請求をする必要がないと考え、そのように判断することについて十分な理由があったと考えられる場合−とされている(資料6より抜粋)。
 二・一七弾圧−控訴審第一回公判では、これを根拠にして、証拠調べもすべての証人申請も却下した。つまり「被告らは被告人質問をおこなえる条件があったにもかかわらずやらなかった」のだから、それは「被告の選択として拒否した」とみなし、「やむ得ない事由」に当たらない。したがって被告・弁護人の主張はすべて却下するという論理である。”被告のように司法制度そのものへの闘いをおこなう者を一方的に裁いて何が悪い”と言いたいのだ。
 ここで言われているのは、「前手続」に付された裁判の控訴審における一審で主張しなかった証拠調べをめぐってであるが、事態の本質は、前述の即決裁判の上訴制限とあわせて考えるとすさまじい攻撃としてあることが見えてくる。
 具体的に、たとえば狭山差別裁判、赤堀差別裁判、また多くの「冤罪」事件の裁判がそうであるように、どれも権力がでっちあげた当初は「被疑者が自白しており」「事案が明白」で「証拠調べが速やかに終わると見込まれる」事件であったはずである。差別との必死の闘い、粘り強い「でっちあげ」「冤罪」「権力犯罪」との闘いのなかで、被弾圧者と闘いに共感する多くの労働者人民の闘いによって新たな事実が掘り起こされたり、情報統制と権力的統制のなかからも真実が細かい穴から漏れ出てきたのである。前述の即決裁判における上訴制限(上訴させない)や「前手続に付された裁判」における控訴審での実質審理の制限は、これらの真実を闇から闇に葬り去り、労働者人民は処刑されていくのである。
 しかしこれは差別裁判や「冤罪事件」に限ったことではなく、一般刑事事件から「政治弾圧」=公安事件まで通底していることである。とくに先に述べたように、法廷を暴露・弾劾の演壇として大衆運動と結んだ裁判闘争の鎮圧を想定した施策であるからだ。つまり司法そのものに手をかける可能性についてはすべて芽のうちに摘み取り、階級闘争鎮圧の機関として司法制度をより高度化させていくという攻撃である。策動されている司法妨害罪への衝動があらわである。
 この資料の中で権力が主張しているのは、「上訴制限しても被告人の権利を制約したことにはならない」として、裁判を文字どおり人民から覆い隠し即決裁判へと道を掃き清めていこうということである。

開示証拠の目的外使用禁止と制裁措置

 四つ目に、「開示された証拠の目的外使用の禁止」攻撃である。
 資料の中では、 「刑事訴訟の記録…は、手続の各段階ごとに閲覧の主体を制限したり、その内容を制限する…法律があり、…目的外使用を基本的には禁止する」と述べている。
 権力の目的は、裁判闘争−大衆的実力闘争を潰すためである。これまであらゆる大衆運動がおこなってきた、法廷における検察・裁判所のでっちあげを労働者人民に知らしめ大衆的に反撃していくときにビラやパンフレット、機関紙などで訴訟資料の一部を引用したり、転載してきたことを弾圧の対象にしていこうとする衝動をもって主張されている。いかに権力がさっさと実刑を下したり、処刑しようとしたとしても、裁判資料を読みこみその社会的暴露・弾劾によって幾移の裁判のやり直しや裁判闘争から政治闘争へと発展し、権力機関そのものへの闘いが組織されてきた。このにとに心底恐怖する権力の本心がここに示されているのだ。
 罰則規定をも設け、ここでも弁護人への攻撃を強化し、弁護人を司法権力の側に取りこもうとしている。権力は、弁護人と被告・労働者人民との分断を通じて、裁判闘争を抑制さけ、裁判を法廷内の「争点」に収約していこうとしているのである。

訴訟指揮権に基づく命令の不遵守に対する制裁

 五つ目に、「訴訟指揮権に基づく命令の不遵守に対する制裁」についてである。
 「裁判所は、出頭命令を受けた訴訟関係人が、公判準備または公判期日に出頭しないときは、○○円以下の科料に処し、かつ、その不出頭により生じた費用の賠償を命ずることができるものとする」。また刑訴法、一九五条による命令(裁判長による尋問または陳述の制限)に違反した場合も同様である、としている点である。裁判員制度や「前手続」に反対する弁護士を想定した制裁措置である。「前手続」に反対し「非協力」な弁護人については、措置請求や「前手続」期日に出廷しなければ職権で国選弁護人を選任する、などとしている。罰則規定を設け、弁護活動を弾圧の対象とするどう喝をもって、弁護士(弁護士会)の体制内化を促進する。それはとりもなおさず被告・労働者人民とともに闘う弁護士を潰すことで、階級闘争の一環としての裁判闘争を破壊しようというのである。

「前手続」粉砕、司法のファシズム的改編と対決しよう

 資料6は、「前手続」導入にともなう新設された刑訴法改悪条文の解説であるが、「前手続」の攻撃性格を鮮明にした論文といえる代物である。これまで紹介してきたことをまとめた論文ともいえる。以上が、検察側答弁書の添付資料の内容である。
 これによって権力は何を言おうとしているのか。言うまでもなく、司法改悪=戦時ファシズム司法への転換をかけた裁判員制度、その核心部分である「前手続」に対する闘い・抵抗を圧殺し、闘う労働者人民が歴史的に形成してきた裁判闘争を根底から破壊しようということである。
 資本制社会は、私的所有を基礎とし資本の価値増殖を基底的動機−目的としており、搾取・収奪を永遠化し労働者人民を支配・抑圧することを本質としている。国家権力は、資本制社会を維持・延命・防衛する暴力装置である。権力は労働者人民の怒りと闘いを体制内的におしとどめるために裁判を活用しようとしてきた。これに対し、闘う労働者人民は裁判闘争をもとおして、この矛盾の根源たる階級支配を撃ち政府打倒−国家権力解体につき進む闘いへと歩をおしすすめようとしてきた。権力は、ここに恐怖し、裁判闘争そのものを圧殺し、法廷を処刑台と強制労働へのベルトコンベアへと純化していこうとしている。これが「前手続」であり、裁判員制度である。
したがって、ここで議論されているのは、弾圧されても不屈に闘い、法廷を階級闘争の延長として闘い、その闘いがさらに多くの労働者人民に波及していく構造それ自身を憎悪し、ここに攻撃を集中し、国家権力の総意として根こそぎ解体していこうということである。
 二・一七公判をふり返れば、ここで議論されてきたことの実戦場、司法のファシズム的改編の先取り攻撃として貫徹されてきたことが鮮明である。
 そして控訴審第一回公判で、裁判長服部が被告の弾劾の声にもすぐ退廷命令を下さず、控訴趣意書に盛りこまれた反論や被告らの「異議」「忌避」という形をとった弾劾に、司法権力の総意として上記議論を反映した権力にとっての「正当性」を宣言しようとしたことは注目しておかなければならない。国家の総意としての発言だとする態度そのものに今回の司法改悪−ファシズム的改編に賭けたなみなみならぬ反革命的執着心をみておかねばならない。
 しかし、いかなる反革命政策も弾圧も労働者人民は、闘いを通じてうち破ってきた。
 十二・二一控訴審判決は、上記のような攻撃性格を反映した判決であることは疑いない。
 「前手続」攻防は開始されたばかりである。われわれは切りひらいた攻防局面をさらにおし進め、闘う労働者人民とともに、司法改悪−ファシズム的改編攻撃を粉砕し、治安機構解体−国家権力解体につき進む。
 十二・二一控訴審判決公判闘争に決起しよう。


(「解放」第995号 【12・21二・一七傍聴弾圧控訴審判決公判闘争へ】)




posted by 三千光年 at 23:56| Comment(1) | 組対法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


           
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