2010年06月16日

市東氏の闘いにつづけ−”オレたちは本気だ”

 三里塚・沖縄・狭山・国鉄・そして組対法決戦を貫く五月の激闘が、日本階級闘争の段階を画する攻防局面を切りひらいている。敵は瀕死の日帝国家権力である。敵は何がなんでも延命するために、「法」も「常識」もみずからかなぐり捨て、国に異をとなえ、赤旗をひるがえし、実力決起につき進むすべての勢力に対し、国家暴力の即時の発動をもって圧殺にかかるという段階に突入した。
 戦後日本階級闘争が切りひらいてきた労働者・農民・被差別大衆・被抑圧人民の闘いの拠点すべてが、「倒すか、倒されるか」の決戦に突入するなかで、その先陣を切って三里塚の地において巨大な火柱があがった。
 五月十七日、「用地」内天神峰反対同盟市東孝雄氏が火を噴く怒りで決起した。同日空港会社は、五月二十日から団結街道の通行止めを示唆する立て看板を立てに来た。この報を聞き、かけつけ、猛然と闘う反対同盟がつきだしたものは、自らを圧殺しようとする者への誰も止めようのない身体の奥底からの怒りであり、一点の曇りなき正義性であり、これこそ三里塚闘争の根拠だ。この怒りは、一個人の怒りをつきぬけ、「闘わなければ殺される」側の階級的憤怒だ。弾圧などクソ食らえ。
 市東氏の闘いにつづけ!
 三里塚の怒りをわがものに! これがわれわれの合い言葉だ。
 市東氏は「これで俺たちが本気だってことを空港会社に知らしめた」と、闘志満々の獄中メッセージをわれわれに発している。三里塚に心を寄せるすべての労農水「障」学の仲間たち。市東氏=反対同盟の”本気”にこたえ、団結に身をあずけ逮捕流血を辞さない実力・武装の闘いにたちあがろう。いざ、決戦の三里塚へ、団結街道へ。

5・16三里塚現地闘争で戦闘宣言−臨戦態勢突入

 五・一六三里塚現地闘争に先だつ五月十五日、反対同盟と支援連は団結街道監視ヤグラを建設した。団結街道の監視態勢をさらに強化し、権力・ガードマン・空港会社・関連業者・闘争破壊者たちの一切の不審動向を摘発し、粉砕する新たな闘いの布陣がひかれた。
 翌五月十六日、東峰の萩原進事務局次長の畑で現地闘争が闘われた。沖縄の普天間基地包囲の闘いと連帯しつつ、「団結街道閉鎖阻止、第三誘導路建設許すな」をかかげ、終始戦闘的に闘いぬかれた。
 鈴木謙太郎氏の司会のもと、集会が開始される。萩原氏が基調提起をおこなう。「あらゆる戦線において、段階を画した反革命攻撃がかけられている。三里塚も沖縄も、労働者も学生も、五、六月決戦のときだ。三里塚は、本日をもって臨戦態勢にはいる。五月二十日からの団結街道封鎖を許さない。市道の廃道、第三誘導路建設、現闘本部破壊、市東さんの畑強奪、これらの攻撃は三里塚闘争をおしつぶし、三里塚勢力をこの地からたたき出す攻撃だ。三里塚の旗を高く掲げ闘いぬこう。沖縄九万の人民を見て、身体を張って闘えば、応援してくれる人民がいることを確信した。労農連帯で日本革命へ。逮捕を恐れることなく、身体をはって、実力をもって闘うことを宣言する」と決意を明らかにした。
 つづいて顧問弁護団から、葉山、一ノ瀬、浅野の各弁護士が裁判闘争と現地闘争を一つのものとして断固闘いぬくという熱い決意を表明する。
 つぎに、当該である天神峰市東氏が登壇し「やられたら、何クソって思うのが人間です。やれるもんならやってみろ。わたしは身体を張って闘う。いつしょに、身体を張って闘おう」と、戦闘宣言を発した。
 婦人行動隊鈴木加代子さんのカンパアピールのあと、結集した諸団体の連帯あいさつでは、解放派から反戦・全学連三里塚現地行動隊が決意表明をおこなった。
 決戦にふさわしい決意をこめた熱気ある集会をシュプレヒコールでしめくくり、東峰から天神峰にかけての断固たるヂモンストレーションを闘った。五・一六矢野同志虐殺九ヵ年反革命木元グループ解体・根絶の誓いをあらたに、闘いぬいた。

5・17暴挙−廃道宣言、市東氏ほか一名の不当逮捕を許すな

957-01.jpg 五月十七日午後四時半、国家権力−千葉県警は「用地」内で不屈に闘う市東孝雄氏をでっちあげ逮捕するという絶対に許すことのできない攻撃にふみこんだ。まさに十五日の監視ヤグラ建設、十六日の反対同盟の臨戦態勢突入宣言、市東氏の実力闘争宣言に、恐怖しつつ挑んできたのだ。
 この日空港会社は、「五月二十日からは、この先が空港会社の私有地のため通り抜けはご遠慮願います。今後は、下記迂回路をご利用願います」なる看板を団結街道の出入り口三ヵ所に設置するという挑発行為にふみこんだ。しかもその内の一つは、十五日に設置した監視ヤグラの真向かいである。知らせを聞いて駆けつけた市東氏は満腔の怒りを爆発させ闘った。国家権力・機動隊はともに抗議弾劾に立つ支援者を力でおさえこみ、市東氏のみを「器物損壊」で逮捕した。さらに移送されそうになる市東氏を奪還すべく、反対同盟や現地支援連部隊が続々と結集し団結街道は闘いのるつぼと化した。前日の反対同盟の臨戦態勢突入宣言が、怒髪天をつく怒りをもって掛け値なしに実践され、ともに闘わずにはいられない感動をまきおこした。この過程で、支援連の仲間一名が「公務執行妨害」で逮捕された。
 同夜、成田署に拘留中の市東氏から「自分は。元気です。これで俺たちは本気だということを空港会社に知らしめることができた。がんばりますから、みなさんもがんばってください」と戦闘性に満ちたメッセージが届いている。先陣切って実力決起した市東氏につづき、身体を張って闘いぬこう。

5・20廃道攻撃を粉砕

957-02.jpg 空港会社が、実質的な団結街道の封鎖期限として予告していた五月二十日、反対同盟のよびかけにこたえて、闘う労農水「障」学が全国から市東さんの畑に結集し、封鎖実力阻止の決戦布陣を構え闘いぬいた。
 五・一七市東氏逮捕の報を受け、三里塚現地には翌十八日から闘う仲間たちが続々と結集し、団結街道に指一本触れさせない監視態勢をうち固めた。前夜十九日には鈴木謙太郎氏を先頭に反対同盟が市東氏宅離れに泊まりこみ、監視台の上では支援連が徹夜で見張りにたって決戦に臨んだ。
 二十日当日、早朝から闘う部隊が天神峰に結集した。市東氏宅では婦人行動隊を先頭に、炊き出し作業が開始される。トイレとテントの設置された現闘本部北側の市東氏の畑を出撃拠点として、団結街道の南北の出入り口に部隊が配置される。現闘本部裏の敷地に密集する機動隊に対し、宣伝力ーから断固たる闘いの決意がたたきつけられる。
 午前八時、結集した仲間たちに状況と経過が報告され、反対同盟各氏が発言に立つ。司会の鈴木謙太郎氏が「団結街道を実力で守る、その先頭を市東さんがやってくれました。今日、空港会社・権力が何もできないのは、これだけのみなさんが集まったこと、そして市東さんの行動があったことのたまものだと思います。この期を逃さないでどんどんこれから攻めていきたいと思います」とあいさつする。圧倒的な拍手と歓声がわきおこる。
 北原鉱治事務局長が「今日から始まった。このような矛盾空港を許すことは、自分自身が後退することだ。三里塚が勝たなければ日本の将来はない。またふたたび始まったと思って、先頭にたって闘います」と烈々たる決意を述べる。つづいて萩原富夫氏が市東氏逮捕に対する反対同盟の弾劾声明を読みあげる。萩原進事務局次長が闘いの方針を提起する。 「市東さんの闘いは百二十パーセント正しい。正しいうえに彼は自信を持ってやった。空港会社はあせりにかられて立て看板を立てた。昨日になって『廃道と書いたわけではない』と言ってきた。これはもう、勝ったと思った。だからと言って武装解除するわけにはいかない。今日もできない、明日もできない、そういう積み重ねをもって、廃道化阻止、誘導路建設阻止、そして現闘本部、市東さんの畑の強奪を阻止しよう」という提起が力強い拍手で確認された。
 午後三時から、三里塚・木の根全国共闘部隊が市東氏宅南側の開拓組合道路に結集し、団結街道デモを闘った。出発に先だち、鈴木加代子氏のあいさつをうける。「みなさんの協力のもと本日は大勝利だと思います。闘いはこれからです。いつ来ても看板を立てさせない。封鎖させない。市東さんの農地を守りぬく。ぜひみなさんの力をお貸しください」。太郎良陽一氏は「市東さんに負けない闘いを、今度来たら俺がやると決意を固めております。反対同盟も本気になってやると決意しています。この決戦をともに闘い、この階級情勢を切りひらくような部隊を作つていきたい」と決意を明らかにした。両氏の熱いよびかけに、気迫のこもった「よし」というかけ声がこだました。
 野戦病院・手話実の朝田しげる氏は「反対同盟とともにいまこそ全刀をあげて闘う。「障害者」が先頭となり、市東さんを一日も早く奪還するように闘いぬこう。木元グループを一掃しよう」三里塚を闘う全国「障害者」解放委員会は「市東さんの闘いに勇気をもらいました。この闘いをひきつぎ、最先頭で闘っていきたいと思います」、福日労は「市東さんの不当弾圧を徹底弾劾する。自ら先陣を切った市東さんの熱い決意にこたえ、なんとしてもこの地平を守りぬきます。三里塚と福岡を一体のものとして実力で闘いぬく」と決意を述べた。
 全国反戦が「権力は反対同盟と労農水「障」学の怒りに火をつけた。市東氏不当逮捕がこの決戦をさらに燃えあがらせることを思い知ることになるでしょう。〇八年十二月以降の早朝監視行動が積みあげてきた力をもつて、団結街道に絶対手をかけさせない闘いを貫徹していこう」、全学連が「わたしたちはこの決戦を闘うために闘いを積みあげてきた。この陣形をさらにうち固め、空港廃港に攻めのぼろう。三里塚、沖縄、狭山、国鉄、あらゆる階級決戦が煮つまるいまこそ、市東氏の切りひらいた地平をおし広げ、国家権力打倒・革命勝利にむけて闘いぬこう」と表明し、最後に反戦・全学連三里塚現地行動隊が「成田署で闘いぬく市東さんを即時奪還しよう。本日の早朝からの闘いは、団結街道封鎖をもくろんだ政府・空港会社の攻撃を粉砕した。農民虐殺のための、三本目の誘導路建設を許さない。五・二四公聴会を粉砕しよう。反対同盟とともに、三里塚に勝って世の中を変えよう」と決意を表明し、団結街道デモを戦闘的に闘いぬいた。

市東さんと連帯し千葉で奪還行動

957-03.jpg 天神峰現地での闘いと並行して、市東氏への勾留決定を粉砕すべく、千葉地検・地裁前における奪還行動が展開された。鈴木謙太郎氏を先頭に、闘う部隊が畑から直接千葉市内へと向かい、拘留請求のための検事調べ、さらに裁判官による拘留質問と対決して闘う市東さんと連帯して、弾劾・激励行動をくり広げた。配備された機動隊は前日までとはうって変わって、宣伝カーに対し「五分以上停止しての情宣活動は認めない」と不当な制動をかけてくる。これをはねのけ闘う部隊が一丸となって激励行動を貫徹した。
 正午すぎに勾留決定の知らせが届くや、闘う部隊は怒りに燃えて地裁・地検に弾劾のシュプレヒコールをたたきつけた。警察・検察・裁判所は一体となり、市東氏逮捕が国家権力頂点からの意思にもとつくものであることをあらためて証明したのだ。
 市東氏の乗せられた車が地裁から出てくると、闘う部隊は機動隊の妨害をふり切って周りを取り囲み、直接の激励と弾劾を闘いぬいた。天神峰現地においてはこの日終日、団結街道の封鎖どころか新たな看板を設置する動きさえおこなわれず、敵が大見得を切った二十日を期しての廃道攻撃を完膚なきまでに粉砕して闘いぬいた。
 五月十六日以降団結街道は、権力・空港会社と実力で闘う戦場と化した。監視体制を強化し、あらゆる動向に即応し廃道化策動を身体を張って粉砕する文字どおりの臨戦態勢がとられている。さらに不当拘留が続く市東氏宅の援農に反対同盟、支援が集中して取り組んでいる。連日、弁護士接見をおこない、宜伝カーで成田署弾劾・激励憎宜をおこない、三里塚現地は全力で闘っている。いまこそ、全国から三里塚へ、三里塚から全国への大きなうねりをつくり、全国各地で闘いの火柱をふきあげよう。

5・24「公聴会」 粉砕闘争−反対同盟員不当逮捕弾劾

 五月二四日、成田国際文化会館で「第三誘導路」建設にむけた公聴会が強行された。反対同盟と、ともに闘う仲間は階上の国際文化会館にむけて、徹底弾劾のデモンストレーシーシを闘った。出発前にかいたく道路で北原事務局と参加者の発言をうけ、ただちにデモ出発地点に向かった。
 五月二一日付「千葉日報」は、「成田市が廃道を決めた団結街道を普通財産に切り替え、空港会社に売却するための手続きを始めた」と報道した。所有権が空港会社に移るのは「六月中」とされている。「五月二十日からは、この先が空港会社の私有地」なる立て看板はペテンそのものだったということだ。デマと既成事実を積みあげたうえで開かれる「公聴会」など、”初めに結論ありき”のセレモニーにすぎない。「第三誘導路」で家屋・畑を空港の中に取りこまれ、殺人的な叩き出し攻撃を受けようとしている当該の市東氏を、獄中に閉じこめて開催される「公聴会」に対し、デモ隊は満身の怒りをこめて断固たるデモを闘った。国家権力−千葉県警は、この闘いに対し、デモの解散地点に近づいた付近で、またしても反対同盟員を「公務執行妨害」をでっちあげて不当逮捕した。
 敵政府・空港会社は金や甘言に屈服しない反対同盟に対して、いよいよその対極の破壊手段、機動隊を全面にたて逮捕・投獄をもって、三里塚闘争・反対同盟の解体にふみこんできたのだ。デモ後の打ち合わせで、北原事務局長は「今日は素晴らしいデモだった。同盟員の不当逮捕は、市東さんと同じまったく言われなき逮捕だ。ここまで来たら、とことん闘うしかない」と言い切った。萩原事務局次長は「五・一六の闘争宣言に導き出され、市東さんが切りひらいたこの闘いをひきついで闘おう。この借りは、のしをつけて返す」と宣言した。
 五〜六月決戦は、三里塚四十四年にして七一年代執行阻止決戦に匹敵する最大の決戦場となる。団結街道廃道・「第三誘導路」工事着工、そして市東氏農地強奪を弾圧でおし切ろうと身構える敵に対し、戦陣切って闘いぬく市東氏につづき五・二〇を粉砕した地平にたち、渾身の実力・武装闘争で闘おう.

5・25勾留理由開示公判−市東氏とエールを交わす

 市東氏の拘留理由開示公判は、市東氏の農地をめぐる行政訴訟と農地法裁判の公判が予定されていた五月二十五日の午後に決定された。この日、両裁判の裁判長の交代にともない、市東さんには裁判当事者としての意見陳述が予定されていた。にもかかわらず地検は市東氏の「取り調べの必要性」をタテにとり、出廷を妨害した。市東氏の農地を強奪するために提訴された裁判の公判が、またそれをうち砕くために市東さん自身が提訴した裁判の公判が、当該を無視して開廷されることなど認めることはできない。反対同盟と支援は午前の裁判をボイコットし(結局期日は変更となった)、午後三時からの開示公判に集中した。
 傍聴席十八に対し、八十名を超える仲間が結集し法廷内外で傍聴闘争を闘った。弁護団の追及と、呼応した傍聴席の怒りの爆発に裁判官は六名に退廷命令を発動した。市東氏と支援の一名は完黙を貫き、終始裁判官をにらみつけていた。
 市東氏ほか一名の不当逮捕、不当勾留は絶対容認できない。市東氏に「逃亡の恐れ」などあるわけがない。九十年、親子三代耕作してきた農地を守り、絶対に退かないと言っている人間が、どこへ逃亡するというのだ。それどころか、市東氏を獄中にとどめ、その間にまた看板を立てたり、封鎖措置をとることが十分考えられる。空港会社と、警察権力と裁判所が一体となって何がなんでも反対同盟を解体し、空港建設を推進しようとするまさに国策弾圧だ。
 そしてまた、空港会社が 「迂回のお願い」なる道路指示の看板を出すこと自身が不当である。団結街道がなければ生活できない当該住民市東氏を無視し強行したのだ。
 裁判官遠藤は、弁護人のあらゆる釈明要求にまったく答えず、検察のいうままである。国策弾圧を粉砕し、市東氏支援の仲間の奪還をともにかちとろう。
 報告会で、各弁護士の報告と決意表明をうける。
 裁判所から移送される市東さんらを激励したのち、北原事務局長が「あんな裁判官は許せない。三里塚をつぶそうと攻めてきているようだ。絶対に勝利しなければならない」、萩原さんは「中も外も傍聴団一体となって闘った。廃道も、第三誘導路も、本部もそして市東さんの農地も敵は一体の攻撃としてかけてくる。向こうにとってもたいへんなことだ。われわれは、三里塚の旗をかかげ胸を張って闘う」と集約した。

市東氏ほか二名への勾留徹底弾劾

 五月二十八日千葉地裁は、検察の要求どおり市東氏と支援一名に対し、十日間の勾留延長をうちおろした。五月二十六日には五・二四「公妨」弾圧の同盟員にも十日間の勾留を決定している。
 この攻撃は、自らを追いつめる三里塚闘争・反対同盟に対する、空港会社・権力・裁判所の計りしれない恐怖と憎悪のあらわれだ。
 七一年三警官完全打倒の九・一六弾圧で権力は青年行動隊=将来の同盟農家の後継者を根絶やしにしようと大弾圧をかけてきた。反対同盟への恐怖と憎悪からの所行だ。それから四十年を経て、ふたたび大弾圧で反対同盟の壊滅を策動しようとするなら、われわれは三里塚闘争の闘いの原則を固く貫き闘うのみである。<空港絶対反対><一切の「話し合い」拒否><農地死守><非妥協・実力闘争>だ。そして、闘えば、必ず勝利する。全国の同志、友人のみなさん。労農水「障」学の仲間たち。ともに闘おう。


(「解放」958号【「逮捕・流血を辞さず」闘うときがきた−非妥協・実力闘争で団結街道を守りぬこう第三誘導路建設粉砕、市東氏農地強奪阻止】)


posted by 三千光年 at 06:06| Comment(0) | 三里塚闘争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


           
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