2010年05月15日

石川氏の闘いと怒りに結びつき狭山闘争勝利へ

東京高検が隠し持つ全証拠を開示させよう、高裁はただちに再審を開始せよ

 二〇〇六年五月二十三日請求の第三次再審段階にある狭山闘争は、再審段階ではじめての「証拠開示勧告」という状況のなか、まさに決戦局面に突入している。
 昨年九月開始された検察・裁判所・弁護団による「三者協議」において、十二月十六日東京高裁は検察に対し八項目の証拠開示勧告を出した。四ヵ月を経た現在、検察側は動きを見せず証拠隠ぺいを策動している。
 今回開示勧告された証拠は、「殺害現場」の血痕検査に関わる捜査資料や隣接する畑で農作業をしていた人に関する捜査資料などである。〇八年五月二十三日、〇九年八月十七日に弁護団が開示申し立てをおこなったものであり、事件の核心である「犯行現場」そのものがでっちあげであることを明らかにするものである。
 検察側は、「殺害現場」の血痕検査報告書については、国会で「ある」と答弁したにもかかわらず、その後「存在しない」「証拠開示の必要性がない」と言い張った。一九八八年に「芋穴の血痕検査報告書」を開示して以来、これまで再三の証拠開示請求に対して拒否している。
 さらに昨年九月の三者協議をうけても十月三十日付で「証拠の存在を明らかにする必要もない」との意見書を出して証拠隠しに躍起になっている。「被害者の万年筆」の証拠ねつ造や、ウソと脅しで「自白」を強要した取り調べを擁護し、証拠を隠しつづけることに居直る検察側を徹底して弾劾し、糾弾していかねばならない。
 「私を殺して逆さづりにせよ」という石川さんのすさまじい叫びにこたえなくてはならない。でっちあげられた「自白」では、「死体発見現場」の近くの芋穴に「一時的に死体を隠していた」ことになっている。Aさんが「行方不明」になって以降、「脅迫状」が「発見される」過程までの時間のズレをでっちあげるために警察がねつ造したストーリーであり、絶対にありえない内容である。深い芋穴に体重六十キロのAさんを背中が全面的に床につくように一人でわら縄を使って寝かせるように降ろし、今度は、足首に結わえ付けたわら縄を引っ張り上げて死体を引き上げ、「死体発見現場」に埋めるというストーリー。六十キロの重さが死んだ足首にかかれば、相当大きな傷ができるが、死体にはそれがまったくない。この一点だけでも、石川さんの無実と差別捜査−差別裁判は明らかである。この芋穴に関する血液反応検査報告書は八八年に開示され「反応が出なかった」という報告がある。今回開示勧告が出された「死体鑑定書」や「死体発見時の実況見分調書」添付写真以外の写真は重要である。
 このほか開示勧告は、筆跡関連と取り調べ関連がある。この攻防になんとしても勝ちきらなくてはならない。

狭山闘争の原点、差別糾弾と階級支配粉砕

 差別不当逮捕四十七ヵ年をむかえ、われわれはあらためて、無実の部落民石川一雄さんにかけられた攻撃、したがって、全国の三百万部落大衆にかけられた攻撃が何であったのかをとらえ返す必要がある。そして、そのとらえ返しを、支配階級によってくり返ししかけられてきた歴史的な部落民差別虐殺政策と労働者人民に対する差別分断支配の構造を粉砕するなかに位置づけなくてはならない。さらに、今日の情勢−恐慌の深まりのなかでの反革命戦争とファシズムへの煮つまりという情勢のなかで位置づけて、闘う方針を確立していかなくてはならない。
 「事件」は、一九六三年五月一日に起こった。埼玉県狭山市の高校生Aさんが下校途中、「何者かに誘拐され、身代金が要求された。身代金受け渡しの現場に犯人が現れ、その場を包囲していた警察が犯人を取り逃がし、Aさんは死体となって発見された。死体には何者かの体液が残っていた」というものである。
 「犯人はよそ者」というかたちで部落差別が一般地区住民によって語られた。狭山事件の直前に起きた吉展ちゃん事件での警察の「失態」に続く「失態」のなか、警察・国家権力は「何としても生きた犯人をつかまえる」と言い放った。当時の首相夫人がAさんの実家に行って「お悔やみ」を述べた。六〇年安保闘争を経て新左翼が歴史の舞台に大きく登場し、日共や社会党の限界が満天下に明らかになった時代である。さらに、階級闘争はいよいよ六五年日韓協定にむかう過程、つまり日本帝国主義の自立化、安保・日韓をめぐる決戦にむけて大きな転換点をむかえようとしていた。支配階級にとっては、何がなんでも、国家権力の権威が維持されなくてはならなかった。別の言いかたをすると、「官僚的軍事的統治機構」は、賃金労働をとおした資本による労働者に対する支配・隷属・搾取とは別の世界であるかのように現れている「市民社会」の「安全・安定」をもって、「市民社会」や国家への共同体幻想を保つのに躍起になっていたのである。「女子高校生に対する金銭目当ての誘拐・暴行・殺害を許せない」という感情を、権力がいかに取りこむのかということになる。権力は、まさに、このようなときのために日常的に意識的に政策的に制度的に拡大・再生産しているところの部落差別を、帝国主義部落差別政策として、貫徹しようとしたのである。
 われわれは、まず、この構造、支配階級の差別・分断支配政策を許してはいけない。直接差別虐殺される被差別大衆・被抑圧人民の立場にたって粉砕しなくてはならない。
 一九五三年の島田事件(幼女誘拐殺害事件)では、赤堀政夫さんが「障害者」差別のなかででっちあげられ死刑攻撃を受けた。一九七九年の野田事件では青山正さんがでっちあげられた。そして、戦前の関東大震災時の朝鮮人に対する大量差別虐殺。一つひとつの差別は、その歴史的経過や社会的背景が違うし、したがって、受ける側の打撃の内容も違うので、いっしょくたに語ることは許されない。しかしまず、この支配階級との関係で、それらを許さないということをハッキリさせておかなくてはならない。また、差別を歴史通貫的にとらえるのも不十分で、たとえば、部落差別についても、封建時代における身分差別制度が資本主義社会においてうち固められたもの、つまり賃労働と資本の根本的矛盾、労働者階級に対する資本家階級による搾取・支配が一切を規定している階級社会における差別として、とらえなくてはならない。身分差別が帝国主義的に再編・強化されたのである。
 全国水平社は叫んだ。「兄弟よ、吾々の祖先は自由、平等の渇仰者(かっこうしゃ)であり、実行者であった。晒劣(ろうれつ)なる階級政策の犠牲者であり男らしき産業的殉教者であったのだ」 (ママ)と。支配階級であるテンノーを頂点とする日本帝国主義者どもは、部落民を資本のもとにたたきこむために、一八七一年に太政官布告「賤称廃止令」を出し、「自由な労働力」として部落大衆を取り込んだ。しかも労働者階級に対する低賃金政策の「沈め石」として組みこんだ。危険な仕事「人の嫌がる仕事」として社会的に形成されてきた仕事への従事を強いてきた。資本は「相対的過剰労働人口」として位置づけ、いつでも首を切れる対象として扱った。「国民」として組みこまれ、兵役・納税・教育の義務が課せられた。「陛下の臣民」として位置づけられ、兵士としてかり出され、挙げ句の果てに「肉弾三勇士」とし、死んでなお差別的に利用された。われわれは、これらを許してはいけない。
 五月一日は、労働者の闘いの日、「祭典の日」メーデーである。石川さんに対するでっちあげが可能だったのは、彼が部落差別のなかで、アリバイ証明が容易な就労状態ではなかったことがある。低賃金で不安定な日雇い労働に従事していた石川さんは、その日、仕事を休んだ。もちろん、休んでもアリバイはある。彼が雨宿りをしていたときに、中学生の集団が目の前を通っている。ところが、権力はこの中学校の日誌を破壊した。
 部落差別にもとづく見込み捜査は、遅くとも「五月一日の夜に石田養豚場からスコップが一本盗まれた」ということを警察が聞き出してから始まる。権力は、まさに狭山事件のようなとき、つまり支配の危機のときにその汚い牙をむきだす。「平時」には石川さんたちの少年野球の審判をするような警察官関源三が、「危機」のときには取調室に現れ、石川さんに甘言とどう喝をくり返す。「平時」には石川さんの玄関から中へは一歩も入らない関が、「危機」のときには裏口からこっそり上がりこみ、家人に気づかれるやそそくさと帰る。でっちあげられた万年筆を石川さんの家の鴨居に置いたのだ。関もその指令者も狭山署もろとももちろん報復の対象である、たとえ墓に入っていようとも。

狭山闘争の歴史的勝利、部落の根本的解放へ

 狭山闘争の歴史的勝利をかちとるための本気の闘いが問われている。この間の証拠開示をめぐる攻防も、恐慌情勢下の反革命戦争とファシズムにむけた攻撃をいかに粉砕しきるのかという視点で闘わなくてはならない。ファシズム融和への道をいかに粉砕するのかというところから、反撃していかなくてはならない。
 われわれプロレタリアートにとって、「良い権力、悪い権力」があるのではない。「良い裁判所、悪い検察」「良い司法、悪い行政」というのもない。ブルジョア国家権力は、とことん打倒・転覆されなくてはならない。プロレタリアの権力によって置き換えられなくてはならない。狭山の第三次再審闘争の現局面もそういう闘いとして貫徹されなくてはならない。それが、再収監攻撃を正面から受けてたつ石川さんの闘いにこたえる道である。
 全国水平社結成は、一九一八年の米騒動の闘いが契機になったとも言われる。富山の漁民のおっ母たちから始まった米騒動は、全国各地に広がった。急上昇する米の値段に対する労働者人民の実力闘争の爆発であった。支配階級は、警察では手に負えず、軍隊を出動させた。部落大衆も積極的に参加、権力は部落民に対して厳しい弾圧を強行する。それだけではなく、部落民と一般民とが団結するのを恐れ、部落民に対する差別的・選別的な弾圧を加えた。全国の実力決起のなかで死刑になったのは二名の部落民だけという研究もある。ここでの戦闘性に権力は恐怖した。融和政策では統合しきれない部落大衆の闘いに恐怖した。地域ぐるみ、子供もふくめた闘いに恐怖した。
 一八年にいたる米価の値上がりは、ロシア革命に対する日帝の反革命干渉、反革命出兵をうけて米不足による値上がりを見越した資本家の買い占めが直接の原因である。このロシア革命は、全世界の労働者人民に力を与えた。部落大衆の闘いは、二二年の全国水平社の結成として結実する。水平社は差別と闘い、権力と闘い、労働争議や小作争議をともに闘った。「鉄の三角同盟」といわれる地平である。同時に、政府の融和政策、部落内の融和主義とも闘った。
 狭山差別事件が強行された時期というのは、全国の部落大衆がたちあがり、一九五八年ころから始まった「部落の解放を国の施策とするように政府に求めていく」闘いがおこなわれた時期である。「同和対策審議会」は、六五年に「同和対策審議会答申」を出す。「答申」は部落差別に関して、その「解決」を「国の責務であり、同時に国民的課題である」とした。一方で「国は解決します」と言い、一方で「生きた犯人をつかまえる」と言って無実の石川さんを殺そうとするのが国家権力であることをハッキリと見て取らなくてはならない。これらは、要するに、支配階級が支配を維持するために何をやるのかということ、何を「譲り」何を「譲らない」のかということをよく示している。
 「部落の人びとにとっては、予断と偏見による捜査は一度や二度ではない」という差別の現実とつきつけが狭山闘争を圧倒的に広げた。「年寄りたちは、文字や教育をうばいかえす識字学校で、自分の生きてきた道と合わせて、狭山の署名を一字一、力をこめてつづった」という気持ちが 「石川の命 わが命」という闘いへと登りつめていった。同盟登校、同盟休校が子供たちによって闘いぬかれた。部落大衆にとって、プロレタリアートにとって、譲れないものとして、差別糾弾と搾取・隷属からの解放をつき出していかなくてはならない。資本家階級がいるかぎり、天皇制があるかぎり、部落差別は温存・再生産される。ここを突き破らなくてはならない。
 恐慌情勢下、米騒動で見た悪夢を支配階級は恐れている。戦後、自衛隊が復活する過程で、ブルジョアどもとその政治家は、「米騒動のような警察権力だけでは押さえきれない事態」を想定して再軍備にむかった。治安弾圧と差別主義・排外主義攻撃は、支配階級の危機の時代の常套手段である。その実力闘争の先陣を切る闘い、地域ぐるみ・家族ぐるみで闘う根拠を有する闘いが、部落を拠点に展開されることを、権力は恐れているのだ。

石川氏を先頭とする部落大衆・労働者人民の闘いで国家権力の差別攻撃を糾弾しよう

 三者協議の開始のなか、「裁判所を刺激するな」などのさまざまな制動がある。しかし、昨年十月から二ヵ月にわたり、石川氏は「仮出獄」−権力に刃向かえば再収監という攻撃をはねのけ、東京高裁前にたち、マイクを持っての糾弾行動を部落大衆・支援者とともに闘いぬいてきた。そして現在も毎週火曜日、幾度も差別判決をうち下ろした張本人である高裁前の糾弾行動をたたかっている。この石川氏を先頭にした部落大衆・労働者人民の闘いこそ、「証拠開示勧告」をひき出したものであり、再審闘争勝利、狭山闘争の歴史的勝利へつき進む力だ。
 再審過程において初となる三者協議の開始、足利事件再審無罪判決、名張毒ぶどう酒事件差し戻し決定など”えん罪”への関心が深まっている。一方で、司法への幻想をちらつかせて狭山闘争の戦闘性をそぎおとし、単なる”えん罪”として片づける攻撃も強まっている。
 言うまでもなく東京高裁・最高裁は検察側の証拠隠しに加担し、誰にも明らかな石川氏の無実の証拠が積みあげられているにもかかわらず、一九七四年十・三一第二審判決後、第三次再審請求の今日にいたるまで、一度の事実調べもおこなわず棄却しつづけてきた。石川氏が怒りをもって糾弾しているように、「今までの裁判官たちは、すべて等しく自分の意志で権力犯罪に手を染めてきた」のであり、石川氏の無実を明らかにしている証拠を切り捨て、警察の証拠ねつ造やでっちあげを容認してきたのだ。
 石川氏は、浦和地裁「死刑」判決四十六ヵ年糾弾! 狭山第三次再審闘争勝利埼玉集会において「四十七年もたってえん罪を晴らせていないのは国家権力の犯罪であり、差別裁判だからだ。国家権力と対峙しないで勝利はない。権力犯罪を暴き無罪をかちとる。部落解放の運動の歴史を刻むのは狭山闘争の勝利」と闘いの檄を発し、集会に先立つ浦和駅頭情宣でともに闘うことを訴えた。石川氏の闘いと檄にこたえ東京高裁・最高裁を徹底糾弾していこう。
 恐慌−大合理化・失業攻撃が強化され、ふり落とされまいとしがみつくこと自体が他者を蹴落とすことに直結する現在、差別と分断によって、競争によって労働者を支配する資本家や国家権力に対決して闘うことがつきつけられている。狭山闘争は、労働者人民にともに闘うことをつきつけ、かつともに闘う喜びを感じさせてきた。差別に屈せず四十七年間国家権力を糾弾しつづけ闘いぬく石川氏の姿に自らの生きかたと未来を重ね、「石川の命 わが命」と闘いぬいてきた部落大衆の熱い思いと豊かな団結に、部落の根本的解放と労働者解放の現在と未来を見てきた。狭山闘争は部落解放闘争の生命線である差別糾弾闘争のもっとも鋭い攻防点として部落解放闘争の戦闘性、階級性を切りひらいてきたのだ。狭山闘争の最大のヤマ場をむかえたいま、われわれはこれまでの闘いの総力をあげ、狭山闘争の歴史的勝利、部落の根本的解放、労働者解放−全人民解放にむけ全力で闘う。
 狭山闘争の現局面は、石川氏の再収監攻撃粉砕の闘いを最先端にして、闘う側がどう闘うかで勝利の二文字をかちとれる絶好のチャンスをむかえている。逮捕−投獄を恐れぬ闘いが、国家権力糾弾−打倒の闘いが勝利への道だ。高裁−高検を串刺しにして、包囲−山糾弾闘争を貫徹しよう。寺尾への鉄槌−近藤への鉄槌断固支持である。
 われわれからすれば、石川氏の無実は余りにも明らかである。確かに、ブルジョア司法制度上は、再審開始の条件として、「証拠の新規性・明白性」が言われている。しかし、狭山においては、権力のほうこそ、石川氏の無実をよく知っているのである。でないと、一審で「罪を認めて」「死刑」であったのが、「おれはやっていない」と言って「無期」に減刑することなどありえない。権力に対する闘いが勝敗を決するのである。そのうえ、寺尾は「無期と言っても十五年で出られる」とぬけぬけと言い放ったのである。支配の危機に際しては部落民をでっちあげ殺そうとし、闘いの高揚に対しては減刑でもって闘いの矛先をかわそうとし、ファシズム融和への落としこめのためには「仮釈放」攻撃をかける、このような部落差別をどうして許すことができようか。われわれは、石川氏に対して、権力が超長期の獄中生活を強いたことを粉砕できず、「仮釈放」攻撃を許したことを自己批判するなかで、「仮釈放路線反対」を主張した。その自己批判をかけて、差別徹底糾弾と再収監攻撃粉砕を、石川氏とともに闘う。「共産主義の大道を」と獄中から訴えた石川氏にこたえ、プロレタリア革命派の譲れぬ闘いとして狭山決戦に突撃する。

差別徹底糾弾、部落の根本的解放、労働者全人民解放へ

 日帝国家権力は、戦争・ファシズム情勢下、怒りをもってたちあがる労働者人民の闘いを暴力的に鎮圧し生きのびようとしている。在日朝鮮人、被差別部落に対する排外主義・差別主義扇動とファシスト集団=「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の在日朝鮮人民・中国人民、部落大衆への差別主義・排外主義をむき出しにした街頭宣伝・襲撃行動や、在日外国人の参政権をめぐっての差別・排外扇動、夫婦別姓反対の家族(家父長)制度をうち固めての天皇(制)の強化が進行している。
 部落解放運動においては、「飛鳥会問題」などの「不祥事」を扇動した弾圧、差別糾弾闘争の非合法化をとおして、部落解放運動のファシズム融和運動への転換攻撃が強まっている。続発する差別落書き・投書・電話・電子メール、行政書士等の専門業士による戸籍謄本大量販売などを「告訴」「告発」することは警察・国家権力への売り渡しであり、権力への屈服である。権力の介入を許さず闘おう。国家権力に差別か否かの判断をゆだねることは糾弾闘争の放棄につながるものであり、糾弾闘争を自ら投げ捨て、糾弾闘争の非合法化−弾圧への道へと連なるものである。全国水平社結成以来、部落大衆の自主的解放闘争の出発点・生命線として闘ってきた「差別徹底糾弾」こそ、部落民の独自団結をうち固め、あらゆるくびきを解き放っていくものである。差別糾弾の姿は、すべての人に差別を許さずともに闘う熱を伝え豊かな団結を築きあげていくものである。
 現在、四十四年間<徹底非妥協・実力闘争>で闘う三里塚闘争に対し、国家権力の総力をあげた破壊攻撃がかけられている。「第三誘導路」建設のために、「金より闘う団結が大切」と「用地」内で闘いぬく市東氏に対して、営農生活にかかせない団結街道の廃道化攻撃が、五月中にも道路封鎖・工事着工として進行している。福岡での「生活保護」他人介護料加算をめぐりかけられた〇八年五・一三組対法弾圧、その裁判闘争にかけられた〇九年二・一七弾圧は、三里塚闘争と結びつき実力闘争・武装闘争を闘う組織と戦闘的「障害者」解放闘争の組織と団結の解体をもくろんだものである。介護者を獄中に奪われたなか、「障害者」たちは「団結を破壊する攻撃にもっと団結して闘おう」と獄中の仲間の闘いと結びつき闘いぬいている。
 戦争とファシズムにむけた攻撃が煮つまり、すべての闘いが勝利への飛躍が問われている。いまこそともに<差別糾弾、国家権力糾弾打倒階級裁判粉砕>の武装する巨大な団結をつくりあげよう。
 「石川は覇気がない」と狭山闘争−部落解放闘争に敵対する親ファシスト−ミニ・スターリン主義的私的サークル集団、転向反革命木元グループを解体・根絶しよう。「えん罪共闘」なるものをもって狭山闘争に介入し破壊を策動するJR総連・革マル、労働者・被差別大衆の敵=反革命革マルを解体・絶滅しよう。

(「解放」956号 【石川氏の闘いと結びつき狭山闘争勝利へ】)



posted by 三千光年 at 18:57| Comment(0) | 狭山闘争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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