2012年04月01日

全国反戦・全学連 2・22同志北條千秀虐殺13カ年弾劾闘争にたつ


 本年一月、同志北條千秀獄殺から十三カ年をむかえた。<三里塚・組対法決戦>下、日々「転向か獄殺か」の攻撃をかけつづける監獄当局に対して、激しい獄中闘争を闘いぬいてきた。獄中者同士が共通方針を出し、闘い防衛しあい、獄内−外共同した闘いを進めてきた。そのなかから千秀同志獄殺を許してしまった団結のありようをめぐる総括を深めてきた。
 〇二年名古屋刑獄中者虐待・虐殺発覚以降、全国監獄内での獄中者虐殺の実態が徐々に明るみにでてくるようになった。この事件を逆手にとって新監獄法が制定された。そのもとで、〇七年医務課長の虐待を告発する徳島刑決起がまきおこり、その闘いに共感し、連帯してきた。獄中者虐殺現場のほとんどが「保護房」であること、〇九年三・一二福岡拘置所で、東署一三四号同志への失神するはどのテロが「保護房」で凶行されたことを許さず、「保護房」撤廃−監獄解体を核心とする対監獄闘争を闘いぬいてきた。
 われわれは〇八年五・一三−〇九年二・一七弾圧との激闘のなかで獄殺攻撃をうけてたち粉砕する、獄中−獄外の共同の実力闘争を実現してきた。この闘いこそ千秀同志虐殺に報復する闘いへと連なっていく。この闘う力こそが全獄中者の怒り、戦時治安弾圧に対する労働者・人民の怒りを結びつけ監獄解体−獄中者解放への闘いを牽引していく。この地平にたち、全国反戦・全学連は、二月二十二日、同志北候千秀虐殺十三カ年弾劾、獄殺の下手人・弾圧機関に報復する闘いとして、対東拘(・対法務省)闘争を聞いぬいた。

北條千秀同志虐殺13カ年報復をかかげ霞ヶ関情宣から対東拘弾劾へ

 二月二十二日、全国反戦・全学連の部隊は日比谷公園霞門に登場する。千秀同志追悼を胸に同志虐殺弾劾の横断幕を広げ、対「明大ゴスペル戦」元共同被告の同志がマイクを握る。法務省直近で「東拘による虐殺を許さない、虐殺の下手人・責任機関への報復戦にたつ、同志虐殺を容認し対監獄闘争を制動し反革命へと転落した木元グループを解体・根絶する、獄中同志と連帯し『保護房』撤廃」と訴え、ビラ情宣を開始する。獄中者組合通信委員会の仲間が「一・一一福岡拘置所『保護房』での獄中者虐殺徹底弾劾」を訴え、ともに情宣行動を展開する。私服警官どもが部隊にはりつき露骨な妨害を図るが、闘争破壊をはねのけやりぬいた。
 東拘正門前に移動する。全国反戦・全学連のヘルメット部隊は、横断幕を広げ、東拘徹底弾劾−報復のシュプレヒコールを存分に浴びせる。一昨年までは部隊に組みつきマイクを引きちぎり横断幕を破ろうとしてきた東拘刑務官どもは、部隊の気迫に圧倒されながらも弾圧を狙い、敷地内からビデオをまわしつづける。東拘新獄舎をにらみすえ、必ず報復し、千秀同志を追悼する決意もあらたにこの日の展開を終えた。

獄殺13カ年弾劾、北條千秀同志追悼

 一九九八年五月、反共ファシスト宗団=「明大ゴスペル」「国際ヘブライ研」の襲撃−売り渡しによって明大の学生、生協労働者が逮捕された。生協労働者であった北條同志は肋骨骨折を負わされたうえ、売り渡された。同年秋反共ファシスト宗団との徹底対決を鮮明にした第一回公判闘争が闘いぬかれた。東京地裁(裁判長・中山隆夫)は、被告人の人定質問黙秘に対して「いわないと後悔しますよ」とどう喝し、直後「物の授受禁止」なる前代未聞の接見禁止加重をおこなった(一週間で粉砕)。千秀同志はこの間「過換気症」や不眠に悩まされながら、革命的学生運動破壊攻撃が拠点破壊攻撃として全国的に本格的に開始されている情勢や獄中弾圧の強化を鋭敏に感じとり、獄外との分断攻撃に怒りを燃やし、自らの飛躍として格闘していた。
 この渦中の同年一二月10日、東拘は「薬が効かない、おかしい」と抗議する千秀同志を「保護房」にぶちこみ、その後懲罰を通告していた。そして翌十一日公判直後に「自殺を図った」と報道された。東拘はこの事態に同志の救命を第一にたてなかった。医務はおっとりがたなで房にやってきた(当時の女区同囚からの直後の報告)。だが救急車で病院に搬送したのは「発見」後四時間もたってからであった。この間「一刻も早く獄外の病院へ」と訴えているにもかかわらず、東拘で拘禁中であった連れ合いの北條同志に二度にわたって意識不明の千秀同志と対面させた。東拘は、長期獄闘(十六年)を非転向で闘う同志の意思をくじくことに腐心してきた。東拘は意識的に千秀同志を虐殺したのだ。
 われわれは千秀同志に対する獄殺攻撃を、千秀同志とともに粉砕する闘いにおいて決定的に不十分であった。獄殺を許してしまったことを自己批判し、全虐殺下手人・機関に対して報復する。

千秀同志虐殺報復に敵対した木元グループを解体・根絶しよう

 九九年五月解放派から脱走した木元グループの頭目・山田茂樹らは、当時千秀同志の獄死をめぐつて「『明大ゴスペル』は白旗を揚げた」から「ゴスペル』に責任はない」と事実をねじまげた屈服方針のもと、ファシスト弾劾・報復を主張した同志たちを排撃した。「明大ゴスペル」が、法廷で売り渡しを継続すればするはど屈服を深める山田は、「毒を食らわば皿までだ」と叫んだ。
 木元グループは脱走直後、その正体が旧KCIAのスパイとして法廷で暴かれたファシスト宗団に、とうとう「お友達」と呼ばれた。以降木元グループとファシスト宗団は連携して、被告団・弁護団・傍聴団に敵対し、公判闘争破壊に奔走してきた。さらに九九年七・二二明大大量弾圧という権力の加勢に木元グループは小躍りした。この権力・ファシスト・木元グループが一体となって敵対してきた事実を再度怒りをもって労働者人民とともに確認しよう。
 山田はこれにいたる過程で、九八年十月革命軍によるファシスト頭目金圭東への鉄槌の闘いをファシストとのボス交の具に落としこめ、「千秀同志の死を(明大当局との攻防に)利用させてもらう」(山田の言)と同志の無念の死を政治利用した。二〇〇二年以降は「倒すか倒されるかの明大決戦」などとうそぶいた舌の根も乾かぬうちにその明大当局ともボス交し、生協労働者二百名の首切りと引きかえに巨金をつかんで明大から遁走した。こうして解放派から脱落した木元グループは、急速に反革命へと転落していったのだ。
 東拘による獄殺に対して山田らは「(千秀同志が)薬が効かないと騒いだから『保護房』に入れられただけ」「東拘はやることはやった」、そして「獄殺とすると、若いメンバーが監獄を恐ろしいところと思ってしまうなどと、「千秀同志が悪い」論を吹聴して回った。自らの監獄支配への恐怖を吐露しながら、同志虐殺を容認し真相究明−報復戦を破壊した。敵を容認する一方、千秀同志の「本人の思想的問題」にすべてを切り縮め(発症が思想的脆弱性の証拠としてとらえる「病者」差別性、拘禁症を対象化しようとしない「仮病」論)、獄中対策総括の活動を破壊した。監獄解体の聞いに敵対した。
 九八年弾圧当時、同志を売り渡した敵を見すえ、あらたな学生運動解体攻撃に対して、明大を対ファシスト戦の戦場として全国の闘う学生・労働者人民とともに時代の先端をきりひらく、まさにその間いが問われていた。その闘いをもって革命的学生運動解体攻撃を粉砕する、そうした拠点たりうる闘いの構築の飛躍が問われていた。山田はこの飛躍にむけた原則的な意見をもつ同志を排撃し、原則的な闘いの封じこめを図った。これらも背景として、山田の「仮病」論を前提とした高みにたった獄対活動に抗しきれなかった痛恨をかみしめる。獄中で困難をかかえた同志にどこまでも寄り添って共同で突破することができなかった痛恨をかみしめる。千秀同志とともに東拘の獄殺攻撃を阻止しえず、山田らの報復戦への敵対を粉砕しきれなかったみずからの限界・課題を見すえ、現在直下の獄中−獄外の共同の対監獄闘争において報復戦を闘い、煮えたぎる怒りをもって木元グループを解体・根絶しつくす。拘禁症をふくめた獄中同志の格闘を共有し共同で突破していく団結−組織建設の飛躍をかちとる。一人ひとりの同志を大切にする組織建設をなしとげる。
 このことをもって、当時われわれを厳しく批判し、あるいは叱咤激励してくれた友人諸氏にこたえるとともに、同志北條千秀の墓前に報告する。
 いまや木元グループは、「決死の覚悟」(ニセ「革命軍」の二〇一二年年頭の決意)もむなしく、「十二・一八詐欺罪」逮捕でも完黙しなかった。山田・宮井誠をはじめ「指導部」が取調べ室でべらべらおしゃべりする惨状は全組織内にいきわたっている。「早期奪還」だけが目的であり、反弾圧の実践も思想のかけらもない。あるのはまたもや取り引きである。取調べ室での権力との情報交換をもって解放派へのテロを策動する木元グループを、千秀同志虐殺十三カ年の怒りと無念も新たに根絶する。五同志虐殺に報復する。

福岡での獄中−獄外の弾劾決起につづき関東でも決起

 一月十一日福岡拘置所で、受刑者が「保護房」で虐殺された。報道では、「五十代受刑者が十日夜に房内のドアを蹴るなどして暴れ、刑務官の制止にも従わなかったため保護室に収容した。十一日午前○時四十五ごろ、刑務官が寝ているはずの受刑者の異常に気付き、救急車で病院に輸送したが約一時間後に(急性心筋梗塞によって)死亡したという。同所(福拘当局)は『対応に問題はなかった』としている」、「この受刑者は『狭心症・高血圧』」(毎日新聞)と報道されている。この一つひとつが怒りに堪えない。この虐殺に必ず報復する。
 「狭心症・高血圧」の人を真冬の寒い「保護房」にたたきこむことからして、これは明らかに虐殺である。しかもこの日、福岡は「この冬一番の寒さ」といわれた日だった。また、「0時四十分頃、…意識がなくなっていることに巡回中の職員が気付き」(朝日新聞福岡版)とも報道されているがこの「気付き」かた自体が不自然である。当局による獄中者への暴行や虐待などがあった可能性さえあるのだ。
 この一月、広島刑での受刑者脱走に対して、マスコミは獄中者差別・中国人差別を剥き出しにした迫害キャンペーンをくりかえした。しかしこれに比して、福拘の虐殺の扱いの小ささは、隠ぺいへの加担そのものである。
 福拘の獄中同志たちは、事態を知った直後から即座に報復−反撃と当局追及の聞いに決起した。東署四五号同志は獄中者虐殺を弾劾しテロや「保護房」攻撃を許さぬアジテーションとシュプレヒコールをたたきつけ、自身も「保護房」に入れられながら闘った。「保護房」にぶちこまれたとき、「おまえらここで殺したんか」と徹底弾劾を浴びせ、非妥協に闘いぬいた。連行時、三・一二暴行テロ下手人の看守どもは、猿ぐつわを息苦しいくらいにふさぎしばらく動けなくなるくらいだった。同志は、権力の集中包囲のもと三里塚で「村八分」状況下で聞いぬいた反対同盟故鈴木謙太郎氏や、指名手配攻撃を受けた同志たちに思いをはせ闘いぬいた。
 博多署二三五号同志は一・一四、二・一一と連続シュプレヒコール決起で闘った。県警本部二九号同志は、毎月十二日闘争の闘いと一つのものとして受刑者虐殺弾劾の点検拒否・ハンガーストライキを闘った。筑紫野署一一四号同志の点検拒否に対しても当局は即座に懲罰攻撃をかけてきた。
 この獄中同志たちの決起とともに獄外では一月十八日、獄中者組合通信委員会と福日労の仲間が、「福拘による獄中者虐殺徹底弾劾」を満腔の怒りをこめて闘い、すべての獄中者に決起を呼びかける福拘弾劾情宣をおこなった。これに対し早艮署のパトカーが執ように宣伝力一に張りつき敵対し、獄中では看守どもが同志たちにしつこい嫌がらせをやってきたのだ。
 そしてこの獄中−外の福岡での決起と連帯して、二月二十二日、東京においても、獄中者組合通信委員会が、法務省弾劾の情宣に決起した。多くの労働者人民がビラに注目していった。

3・12三カ年弾劾、福拘の連続する「保護房」テロを絶対に許さない

 〇九年三月十二日、東署一三四号同志に対して福拘「保護房」で「死ぬかと思う」ほどの暴行が強行された。同年八月、これへの抗議と追及のハンストに決起した東署一三四号同志と中央署五五号同志に対し、当局は「強制給食」を強行した。その後も連続して同志たちに頭部を床や壁におもいきりたたきつける暴行をおこなってきた。
 さらに一一年十月十三日、博多署二三五号同志への三・一二同様の「保護房」での気絶するほどの暴行を強行している。福拘はまさにこの事実そのものを隠ぺいし、あるいは「対応に問題はない」と言い放ち居直ってきた。絶対に許さない。
 昨年三・一一東日本大震災以降、全国の監獄で処遇が改悪され、治安弾圧体制が強化され看守どもはより反革命的にうち固められつつある。看守どもは獄中者への差別意識と、獄中者たちの監獄を揺るがすような怒りの爆発への恐怖を剥き出しにして、獄中者たちに襲いかかってきている。
 獄中者組合通信委員会は、東署一三四号同志への福拘の処遇に対し、昨年八月二十六日法務省に、十月二十六日福拘当局に「抗議申入書」をたたきつけてきた。今年一月十三日には、弁護人とともに福拘への抗議申し入れをおこなった。福拘・法務省はその一つひとつに完全に居直っているのだ。
 三・一二暴行から三カ年をむかえる。いま福拘は、あらためて東署一三四号同志に攻撃を集中している。運動、風呂すら数カ月も奪い去り、昨年三月以来毎月同志を「保護房」にたたきこんでいる。警備隊は、先の獄中者虐殺があったうえで一三四号同志に対して
「保護房びびってんじゃねえよ」とぬけぬけと口走り挑発し、連行した先の「保護房」では配食口の外からお茶を流し込み、飯をぶちまけるなど、思いつく限りの虐待をおこなっているのだ。これら一つひとつを絶対に許さない。
 われわれは、絶対に獄中で闘う仲間を防衛しきり、下手人に報復し監獄を解体するまで聞いぬく。福拘による三・一二暴行、「強制給食」、すべての暴行に報復する。獄中者の虐待・拷問・虐殺の場「保護房」の撤廃をかちとろう。監獄解体・獄中者(「犯罪者」)解放に向け、すべての仲間たちとともに闘おう。福拘の獄中者虐殺に絶対に報復しよう。暴行の下手人たちに実力で報復しよう。獄中暴力の突出と一体の獄外−階級支配の強化を粉砕しよう。

(「解放」1001号 【2.22同志北條千秀虐殺13カ年弾劾闘争にたつ】 )





posted by 三千光年 at 16:36| Comment(1) | 組対法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


           
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